連休が終わった。
世間では1、2日を休むと9連休という、脳みそがゼリーになるような長期休暇を取った人も多いようだったが、自分は普通に暦通りの生活を送っていた。
さらに、4日に演奏会があったことに伴い、その練習等で連続で時間がある日を確保することがほぼ出来ず、大して遠出をせずに今日に至る。
とは言え、3連休と4連休が短い周期できたと思えば、それはそれで嬉しいものである。
連休の前半は、日帰りで千葉にある陸上自衛隊下志津駐屯地に行ってきた。
何が目的かと言えば、巷を騒がす某赤い国のミサイルを撃墜するために、配備されているPAC-3の発射装置やらを見るためである。
名前や映像はニュースで断片的に知ることが出来るものの、百聞は一見にしかず、まずは自分の目で見ることが一番である。
年に一度の駐屯地祭ということで、入場フリーで色々楽しむことが出来る。
資料館を見学し、分列行進を見て、実践演習を見て、終了後は現役隊員の方に色々と説明を聞き。
神社の例大祭で出るような屋台が大量に出店していたので、そこで買った焼きそばやらポトフやらを食べながら音楽の演奏を聴いたり。
丸々半日、初夏の陽気に肌を焦がしつつ過ごしていた。
連休半ばには演奏会があった。
練習には雨の中楽器を運んだり、当日もにわか雨にやられたりと、運搬の方に気を遣う演奏会という印象が何故かある。
もちろん、演奏の方も我ながら良くやったとは思う。
前プロはフランス音楽ということで、最後まで暗中模索でしっくりとくる演奏が出来なかった。
やりたいことのイメージは漠然とつかめるのだが、それをどのように弾いて良いのか、自分の中での表現能力と技術が全然追いつかない。
力任せにガンガン弾くスラヴ系の音楽や、かっちり合わせるドイツ系の音楽ばかり弾いていると、どうにも難しい。
今後の課題である。
中プロは、アランフェス協奏曲。
これはソリストの方が素晴らしい演奏を繰り広げてくださったので、もう何も言うことはない。
あまつさえ、サインと写真まで撮っていただき感謝の極みである。
メインはこれが3回目となるシェヘラザード。
曲自体はもともとさらえてはいたものの、練習不足で細かな部分でミスが目立った。
4楽章のやたら速い部分はある程度割り切るしかないにせよ、2楽章や3楽章の落ち着いた部分での音程がいまいちだった。
また、ソロで引く部分の音が、ステリハではある程度当たっていたものの、本番になって突然吹っ飛ぶ。
自分で言うのも何だが、演奏中に緊張で頭が真っ白になったのは久し振りだ。
まだまだ精進が足りないな。
演奏会後は、打ち上げでしこたま飲む。
途中、先輩後輩交えての現役時代の話やら学生時代の話で盛り上がる。
年は違えど、同じ母校というバックグラウンドを共有していると、数年前の出来事もあっという間に思い出すことが出来る。
こういう繋がりは大事にしていきたいものだ。
後半はいつもの友人とカラオケに行ったり、飯を食べに行ったり。
結局、通常の土日とやっていることは変わらない。
友人の土産話や、某SNSでの知り合いの旅行写真を見ていると、東京にずっといることが悔しくも思えてくるが、連休中の混雑の中で出かけることも大変だろうとも思えてくる。
今の時期は18きっぷも使えないし、新幹線もホテルも予約を取るのが大変とのこと。
たしかにまとまった休みがあれば、遠くに出かけることも出来るが、何も予定を決めずに東北に行ったり、吉野に日帰りで行ったりしたように、最近は1泊二日である程度の場所は行けると思えてきた。
もちろん、一回一回で回れる場所が少ないので、コストはかさむが毎週行くわけでもないし、今のところオケ以外に大して金のかかる趣味があるわけでもないので、ちょうどいいのかもしれない。
まぁ、そんなことより早く一緒に行ってくれるパートナーを見つけろと、周囲からはよく言われるのだが。
さて、明日から元の日常である。
間に嬉しくないインターバルがあったが、それでも4連休明けである。
脳みそは完全にゼリーにはなっていないが、休みボケがすぐに解消されるか心配ではある。
しばらくは、仕事のフルスロットルが止まる見込みがまるでないので、さっさと身体を元の状態に戻したいものである。
2012年05月07日
2012年04月26日
宣伝とか
二日連続の更新、と見せかけ、演奏会の宣伝である。
こればかりでは何なので、最近の晩飯の履歴でも書こう。
餃子の王将→天下一品→サイゼ
うん、面白みのない食生活だな。
自分の高校のOBオケの演奏会があり、日本を代表するクラシックギター奏者の大萩康司氏をソロに「アランフェス協奏曲」をやる。
メインは一部の人には懐かしいシェヘラザード。
GWのど真ん中ではあるけれど、チケットはこちらで用意しますので時間のある方は是非いらしてください。
星陵フィルハーモニー管弦楽団 第49回定期演奏会
日時:5月4日(金・祝) 13時開場 14時開演
場所:紀尾井ホール(最寄り駅:四ッ谷)
曲目:
R.コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」
ロドリーゴ アランフェス協奏曲
フォーレ 組曲「ペレアスとメリザンド」
指揮:小林幸人
ギター:大萩康司
こればかりでは何なので、最近の晩飯の履歴でも書こう。
餃子の王将→天下一品→サイゼ
うん、面白みのない食生活だな。
自分の高校のOBオケの演奏会があり、日本を代表するクラシックギター奏者の大萩康司氏をソロに「アランフェス協奏曲」をやる。
メインは一部の人には懐かしいシェヘラザード。
GWのど真ん中ではあるけれど、チケットはこちらで用意しますので時間のある方は是非いらしてください。
星陵フィルハーモニー管弦楽団 第49回定期演奏会
日時:5月4日(金・祝) 13時開場 14時開演
場所:紀尾井ホール(最寄り駅:四ッ谷)
曲目:
R.コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」
ロドリーゴ アランフェス協奏曲
フォーレ 組曲「ペレアスとメリザンド」
指揮:小林幸人
ギター:大萩康司
2012年04月25日
旅の記録 〜再び、桜の季節
通話表というものがある。
無線等で通信を行う際に聞き間違いを防ぐため、文字ごとに単語を割り振りその頭文字で内容を伝達するものである。
ハリウッド映画等のアメリカ海軍が「アルファ、ブラボー、チャーリー」と言っているシーンをたまに見かけるが、Alpha、Bravo、Charlieと書けば、何を伝えたいのかすぐに分かる。
日本にも同じようなものがあり、「朝日のあ、イロハのい、上野のう」等と使うらしい。
この通話表というのは、ずいぶんと昔からあるらしいので、あまり聞き慣れない言葉も混じっているのだが、そうそう変えるものでもないため、今でも残っているらしい。
その中で「さ」と「よ」が今回の舞台である。
4月の頭に、男どもで花見を敢行したのは前回書いた。
すでに東京においては、花が散る変わりに街路樹の銀杏の新芽が一斉に吹き出している。
すっかり、春もたけなわという雰囲気ではある。
我が身を振り返ってみると、相変わらずの中途半端な忙しさに加え、休日は布団を殻に見立てカタツムリの生態模写に励むことに生き甲斐を感じ始めてしまい、どうにもよろしくない。
ふとネットで花見情報見てみると、先月に頭をモンブランにしながら訪れた東北地方は、今が見頃であるという。
また、花見にでも行くか、と漠然と思ってはみるものの、さすがにこの短期間で東北二連発は芸がない。
そこで適当に探してみたところ、今が見頃のところがあるという。
気がつけばその数日後、いつものように単身旅の空の下にいた。
始発の東海道新幹線に乗り、京都へ。
だいたい毎年4〜5回は京都を訪れているのだが、今年はこれが最初である。
着いて休む間もなく、改札向かいの近鉄の切符売り場に並ぶ。
特急券を買おうとするも、同じ目的の人が多数いるようで、直近に出発する便は売り切れとのことだった。
仕方なしに、乗車券を買い急行に乗り込む。
音楽を聴きながら本を読むという、いつもと同じスタイルで時間を潰す。
ちなみに読んでいたのは、ダルマ蔵相と呼ばれ二・二六事件で暗殺された高橋是清の自伝。
教科書の中でしか知らない人物だったが、読んでみるとこれが面白い。
あっという間に1時間が経過し、終点の橿原神宮前に着いた。
そこでさらに乗り換え、1時間。
着いたのは、「さ」くらの名所として名高い、「よ」しのである。
吉野と言うところは、簡単に言えば山の斜面に桜の木がこれでもかと植えられているところ、と説明すれば分かりやすいだろうか。
山という立地上、上と下の方では開花時期にずれが出るため、自分が訪れたときは駅周辺は新緑真っ盛りの葉桜、上るにつれ満開の桜が見えてくるという状況だった。
下千本、中千本、上千本、奥千本とそれぞれ下から名前がついている。
そして、言うまでもなく桜を眺めるためには山を登らなくてはならない。
朝6時に新幹線に乗り、着いたのは11時前だったので、かれこれ5時間は移動に費やした。
そしてこれから登山である。
とにかく、行ってみようという無計画さが根底にあるにせよ、何なんだろうな。
とは言え、書くことはあまりない。
桜の木よりも多いと思われる観光客をかき分け上る。
一人ということもあり、自分のペースでガンガン進むので、周りの人よりはかなり速く上った。
山の方を見上げれば、斜面一面に桃色が広がり、ここが桜の名所であることを改めて思い知る。
ちなみに咲いているのは、殆どがヤマザクラ。
普段、街中でよく見かけるソメイヨシノは見かけない。
そもそもソメイヨシノ自体が、桜の名所と言うだけで名前を使っているだけであり、吉野とは何の関連もない品種だったりするのだけれど。
中千本にかけては、沿道に土産物屋やら名物の葛もちを売る店やらが大量に並ぶ。
のんびり桜を見ながら山登り、という雰囲気はみじんも感じられない。
それでも金峯山寺では、今の時期にご開帳されていた秘伝の青い金剛像を拝観する。
本堂を出た後は隣のテントで振る舞われていた御神酒を飲む。
御神酒と言っても、杯ではなく紙コップに豪快につがれる。
何というか、さすがだ。
だんだん沿道に店が少なくなり、上千本の曲がりくねった坂道に出た。
ここから下を見下ろすと、さっきまで自分が上ってきた道のりが一望できる。
下から山を見上げるのもいいが、上から斜面を見下ろすというのも、また良い光景である。
登り始めて1時間半くらいで吉野水分神社に着く。
思い返すと、ここの鳥居の前に出ていた露天と自動販売機が最後の補給ポイントだった。
ここから先、奥千本に至るまで、あるものは簡易トイレと休憩所のみである。
一段と坂道はきつくなり、金峯神社に着く頃にはさすがにへとへとであった。
ここまで2時間ほぼ休みなしで上り続けたのだから、致し方ないか。
休む間もなく、神社の裏手に続く道へ。
奥千本に行くためには、ぬかるんだ道を歩かなければならなかった。
履いてきた靴がドロドロになるが、気を抜くとただでさえ勾配のある道でスキーを始めてしまうので、あまり周りを見ている余裕もない。
鬱蒼とした木立の中の一本道を抜けると、急に視界が開けた。
吉野駅から上ること、およそ7km、標高にして500m。
奥千本の中でもさらに奥、開けた山の尾根に満開の桜の森が広がる、なんとも不思議な場所であった。
歩くことに一杯一杯になっていたが、ようやく足を止め桜を眺めるひとときを過ごした。
帰路はあまり覚えていない。
登りでずいぶんと足に負荷がかかっていたので、さっさと一休みしたかった。
行きは1時間半かかった奥千本から中千本までを1時間弱で下る。
よく考えたら、前日夜から水と御神酒しか口にしていなかったので、足以上に空腹が限界だった。
その辺にあった食堂で、名物の葛を使ったうどんと柿の葉寿司を食べる。
とりあえず、来たからには名物を食べないと。
店を出ると、そのまま一直線に駅まで下る。
復路の所要時間は、飯の時間を除けばきっかり1時間半。
やはり下りの方が速いし早い。
16時過ぎの電車に揺られ、京都に戻る。
車内は同じように疲労困憊で眠りに落ちる人が続出だった。
もちろん、自分もその例に漏れない。
1時間きっかり眠りの世界に旅立ち、駅についてさて立ち上がろうとしたら、腰を上げるのに膝が笑ってしまう。
下り道を突っ走ったのが響いたのか、それとも反動がこれだけ早く来るのはまだ若い証拠か。
手すりにつかまりつつ、乗り換え口に向かった。
京都に着いたのは暗くなり始めた、18時過ぎである。
京都タワーが、某洗剤のCMもびっくりなくらいの驚きの白さを誇っている。
数時間前にうどんを腹に入れたが、まだ空腹であるので、京都に来たらいつも行く、2軒ラーメン屋が並んでいるところへ。
ここしばらくは片方を連続して食べていたので、今回はもう一つの方へ。
黒いスープなのに、あっさりとした味。
そして、このスープを使ったヤキメシが絶品である。
腹も満たされたので、駅に戻り宿探し。
ではなく、帰路の新幹線である。
せっかく京都まで着たというのに、残念ながらこの旅は日帰りである。
翌日に用事があるので、こればかりは致し方ない。
新幹線の中で缶ビールを空け、一眠りしたら京都タワーの代わりに東京タワーの赤さが目に染みた。
と言うわけで、奈良県に日帰り登山の旅という無茶苦茶なことをやってみた。
京都日帰りは以前も一度やったことがあるのだが、今回はそこからさらに移動が入ったわけで。
電車の移動に10時間、登山に5時間、飯で1時間。
なんともはや、慌ただしい一日だった。
無線等で通信を行う際に聞き間違いを防ぐため、文字ごとに単語を割り振りその頭文字で内容を伝達するものである。
ハリウッド映画等のアメリカ海軍が「アルファ、ブラボー、チャーリー」と言っているシーンをたまに見かけるが、Alpha、Bravo、Charlieと書けば、何を伝えたいのかすぐに分かる。
日本にも同じようなものがあり、「朝日のあ、イロハのい、上野のう」等と使うらしい。
この通話表というのは、ずいぶんと昔からあるらしいので、あまり聞き慣れない言葉も混じっているのだが、そうそう変えるものでもないため、今でも残っているらしい。
その中で「さ」と「よ」が今回の舞台である。
4月の頭に、男どもで花見を敢行したのは前回書いた。
すでに東京においては、花が散る変わりに街路樹の銀杏の新芽が一斉に吹き出している。
すっかり、春もたけなわという雰囲気ではある。
我が身を振り返ってみると、相変わらずの中途半端な忙しさに加え、休日は布団を殻に見立てカタツムリの生態模写に励むことに生き甲斐を感じ始めてしまい、どうにもよろしくない。
ふとネットで花見情報見てみると、先月に頭をモンブランにしながら訪れた東北地方は、今が見頃であるという。
また、花見にでも行くか、と漠然と思ってはみるものの、さすがにこの短期間で東北二連発は芸がない。
そこで適当に探してみたところ、今が見頃のところがあるという。
気がつけばその数日後、いつものように単身旅の空の下にいた。
始発の東海道新幹線に乗り、京都へ。
だいたい毎年4〜5回は京都を訪れているのだが、今年はこれが最初である。
着いて休む間もなく、改札向かいの近鉄の切符売り場に並ぶ。
特急券を買おうとするも、同じ目的の人が多数いるようで、直近に出発する便は売り切れとのことだった。
仕方なしに、乗車券を買い急行に乗り込む。
音楽を聴きながら本を読むという、いつもと同じスタイルで時間を潰す。
ちなみに読んでいたのは、ダルマ蔵相と呼ばれ二・二六事件で暗殺された高橋是清の自伝。
教科書の中でしか知らない人物だったが、読んでみるとこれが面白い。
あっという間に1時間が経過し、終点の橿原神宮前に着いた。
そこでさらに乗り換え、1時間。
着いたのは、「さ」くらの名所として名高い、「よ」しのである。
吉野と言うところは、簡単に言えば山の斜面に桜の木がこれでもかと植えられているところ、と説明すれば分かりやすいだろうか。
山という立地上、上と下の方では開花時期にずれが出るため、自分が訪れたときは駅周辺は新緑真っ盛りの葉桜、上るにつれ満開の桜が見えてくるという状況だった。
下千本、中千本、上千本、奥千本とそれぞれ下から名前がついている。
そして、言うまでもなく桜を眺めるためには山を登らなくてはならない。
朝6時に新幹線に乗り、着いたのは11時前だったので、かれこれ5時間は移動に費やした。
そしてこれから登山である。
とにかく、行ってみようという無計画さが根底にあるにせよ、何なんだろうな。
とは言え、書くことはあまりない。
桜の木よりも多いと思われる観光客をかき分け上る。
一人ということもあり、自分のペースでガンガン進むので、周りの人よりはかなり速く上った。
山の方を見上げれば、斜面一面に桃色が広がり、ここが桜の名所であることを改めて思い知る。
ちなみに咲いているのは、殆どがヤマザクラ。
普段、街中でよく見かけるソメイヨシノは見かけない。
そもそもソメイヨシノ自体が、桜の名所と言うだけで名前を使っているだけであり、吉野とは何の関連もない品種だったりするのだけれど。
中千本にかけては、沿道に土産物屋やら名物の葛もちを売る店やらが大量に並ぶ。
のんびり桜を見ながら山登り、という雰囲気はみじんも感じられない。
それでも金峯山寺では、今の時期にご開帳されていた秘伝の青い金剛像を拝観する。
本堂を出た後は隣のテントで振る舞われていた御神酒を飲む。
御神酒と言っても、杯ではなく紙コップに豪快につがれる。
何というか、さすがだ。
だんだん沿道に店が少なくなり、上千本の曲がりくねった坂道に出た。
ここから下を見下ろすと、さっきまで自分が上ってきた道のりが一望できる。
下から山を見上げるのもいいが、上から斜面を見下ろすというのも、また良い光景である。
登り始めて1時間半くらいで吉野水分神社に着く。
思い返すと、ここの鳥居の前に出ていた露天と自動販売機が最後の補給ポイントだった。
ここから先、奥千本に至るまで、あるものは簡易トイレと休憩所のみである。
一段と坂道はきつくなり、金峯神社に着く頃にはさすがにへとへとであった。
ここまで2時間ほぼ休みなしで上り続けたのだから、致し方ないか。
休む間もなく、神社の裏手に続く道へ。
奥千本に行くためには、ぬかるんだ道を歩かなければならなかった。
履いてきた靴がドロドロになるが、気を抜くとただでさえ勾配のある道でスキーを始めてしまうので、あまり周りを見ている余裕もない。
鬱蒼とした木立の中の一本道を抜けると、急に視界が開けた。
吉野駅から上ること、およそ7km、標高にして500m。
奥千本の中でもさらに奥、開けた山の尾根に満開の桜の森が広がる、なんとも不思議な場所であった。
歩くことに一杯一杯になっていたが、ようやく足を止め桜を眺めるひとときを過ごした。
帰路はあまり覚えていない。
登りでずいぶんと足に負荷がかかっていたので、さっさと一休みしたかった。
行きは1時間半かかった奥千本から中千本までを1時間弱で下る。
よく考えたら、前日夜から水と御神酒しか口にしていなかったので、足以上に空腹が限界だった。
その辺にあった食堂で、名物の葛を使ったうどんと柿の葉寿司を食べる。
とりあえず、来たからには名物を食べないと。
店を出ると、そのまま一直線に駅まで下る。
復路の所要時間は、飯の時間を除けばきっかり1時間半。
やはり下りの方が速いし早い。
16時過ぎの電車に揺られ、京都に戻る。
車内は同じように疲労困憊で眠りに落ちる人が続出だった。
もちろん、自分もその例に漏れない。
1時間きっかり眠りの世界に旅立ち、駅についてさて立ち上がろうとしたら、腰を上げるのに膝が笑ってしまう。
下り道を突っ走ったのが響いたのか、それとも反動がこれだけ早く来るのはまだ若い証拠か。
手すりにつかまりつつ、乗り換え口に向かった。
京都に着いたのは暗くなり始めた、18時過ぎである。
京都タワーが、某洗剤のCMもびっくりなくらいの驚きの白さを誇っている。
数時間前にうどんを腹に入れたが、まだ空腹であるので、京都に来たらいつも行く、2軒ラーメン屋が並んでいるところへ。
ここしばらくは片方を連続して食べていたので、今回はもう一つの方へ。
黒いスープなのに、あっさりとした味。
そして、このスープを使ったヤキメシが絶品である。
腹も満たされたので、駅に戻り宿探し。
ではなく、帰路の新幹線である。
せっかく京都まで着たというのに、残念ながらこの旅は日帰りである。
翌日に用事があるので、こればかりは致し方ない。
新幹線の中で缶ビールを空け、一眠りしたら京都タワーの代わりに東京タワーの赤さが目に染みた。
と言うわけで、奈良県に日帰り登山の旅という無茶苦茶なことをやってみた。
京都日帰りは以前も一度やったことがあるのだが、今回はそこからさらに移動が入ったわけで。
電車の移動に10時間、登山に5時間、飯で1時間。
なんともはや、慌ただしい一日だった。
2012年04月11日
桜の季節
しばらくぶりの更新である。
年度も新しくなり、心機一転と行きたいところであるが、別段何事も変わらない毎日である。
平日は仕事時々飲み会、休日はいつものメンバーでバカ騒ぎか一人旅。
母親からは早く彼女を作れと言われ、作れるものならとうに作っていると返す。
変わったことは野球が開幕し、コートはそろそろお役ご免。
そんな具合で、何となく日々を過ごしている。
日本とはつくづく不思議な国である。
この時期になると、途端に日常の片隅に桜の色が映えるようになる。
仕事がてら、高いところから景色を見下ろす機会が多いのだが、コンクリートに埋もれた街のあちらこちらに、ピンクが目に付く。
この光景は時間の差があれど、春になればどこに行っても変わることがない光景である。
それを昔から時節の変わり目に置き、仕事やら学校やらが始まるタイミングに置いた先人の発想にはただただ驚くばかりだ。
とは言え、昔の桜はヤマザクラであり、ソメイヨシノは江戸時代に生まれた種であるから、昔の人の桜の時期は今よりも若干早かったのだろうが。
そんな先人達がこしらえた桜の風習に流されるのも良かろう、といつもの大学のメンバーで花見を企画した。
都内の桜の名所と呼ばれるところで、朝から場所取りを敢行し、桜の木より花見客の方が多い中、昼から酒を飲む。
気がつけば8人近い大所帯になっていたが、色と呼べるものは桜のみ、相も変わらず男だらけの一幕であった。
話は変わり、先日OB訪問を受けた。
気付けば自分も4年目であるし、院卒というプラスがあるにせよ同期に先駆けて昇級もした。
とりあえず目の前にある仕事をこなしていたら、ここまで来ていたという具合で、3年もの年月を重ねたということがピンと来ない。
とは言え、一応は先輩であるからそれなりに真面目なことを冗談で紛らせつつ話した。
ESやら面接やらは自分も散々苦労したことについて、社会人として経験したことやら、昨今の世界情勢やらをふまえてアドバイスをしたところ、ずいぶんと受けが良かった。
自分のような中山競馬場のゴール前で面接の予約の電話をしたという、滅茶苦茶な就活を行った経験も役には立つのだな。
直接的には言わなかったが、多方面からの視野を持つことを話したつもりだ。
今思い返しても学生の時の視野の狭さは、思い返しても赤面ものである。
それ故に6年間突っ走って来ることが出来たのかもしれないし、今の自分には出来ないことなのかも知れない。
年度も新しくなり、心機一転と行きたいところであるが、別段何事も変わらない毎日である。
平日は仕事時々飲み会、休日はいつものメンバーでバカ騒ぎか一人旅。
母親からは早く彼女を作れと言われ、作れるものならとうに作っていると返す。
変わったことは野球が開幕し、コートはそろそろお役ご免。
そんな具合で、何となく日々を過ごしている。
日本とはつくづく不思議な国である。
この時期になると、途端に日常の片隅に桜の色が映えるようになる。
仕事がてら、高いところから景色を見下ろす機会が多いのだが、コンクリートに埋もれた街のあちらこちらに、ピンクが目に付く。
この光景は時間の差があれど、春になればどこに行っても変わることがない光景である。
それを昔から時節の変わり目に置き、仕事やら学校やらが始まるタイミングに置いた先人の発想にはただただ驚くばかりだ。
とは言え、昔の桜はヤマザクラであり、ソメイヨシノは江戸時代に生まれた種であるから、昔の人の桜の時期は今よりも若干早かったのだろうが。
そんな先人達がこしらえた桜の風習に流されるのも良かろう、といつもの大学のメンバーで花見を企画した。
都内の桜の名所と呼ばれるところで、朝から場所取りを敢行し、桜の木より花見客の方が多い中、昼から酒を飲む。
気がつけば8人近い大所帯になっていたが、色と呼べるものは桜のみ、相も変わらず男だらけの一幕であった。
話は変わり、先日OB訪問を受けた。
気付けば自分も4年目であるし、院卒というプラスがあるにせよ同期に先駆けて昇級もした。
とりあえず目の前にある仕事をこなしていたら、ここまで来ていたという具合で、3年もの年月を重ねたということがピンと来ない。
とは言え、一応は先輩であるからそれなりに真面目なことを冗談で紛らせつつ話した。
ESやら面接やらは自分も散々苦労したことについて、社会人として経験したことやら、昨今の世界情勢やらをふまえてアドバイスをしたところ、ずいぶんと受けが良かった。
自分のような中山競馬場のゴール前で面接の予約の電話をしたという、滅茶苦茶な就活を行った経験も役には立つのだな。
直接的には言わなかったが、多方面からの視野を持つことを話したつもりだ。
今思い返しても学生の時の視野の狭さは、思い返しても赤面ものである。
それ故に6年間突っ走って来ることが出来たのかもしれないし、今の自分には出来ないことなのかも知れない。
2012年03月27日
旅の記録 〜夢の跡と理想郷
なんだかずいぶん、ご無沙汰になってしまった。
別に何かあったわけではなく、更新のタイミングを逃してしまっただけである。
平日は相変わらず、休日はオケの練習やら、一人旅やら、友人と飲みやら。
つまりは変わっていない。
先週、月曜日に有休を取り一人旅に行ってきた。
四連休になったのだが、前半二日は用事があったので後半二日のみの旅路となった。
写真は某SNSに上げたので、こちらには上げない。
どこに行くか、当日朝まで迷ったのだが北に行くことにした。
近場で電車で行けるところはあらかた行ったような気もするので、迷ったときには直感に頼るに限る。
新幹線に乗り着いたのは、去年世界遺産に認定された平泉。
となれば行く先は、中尊寺である。
小雪舞い散る中、山を登り金色堂へ。
参拝後は高館へ行き、眼下に広がる北上川を眺める。
まさに奥の細道に書かれているそのままの風景が目の前にある。
3年前の一人旅の時に、松島、山寺と芭蕉ゆかりの土地を巡ったのだが、またこれで一つ増えたことになる。
あとは行くポイントとしたら、象潟、最上川、本土から見る佐渡島くらいだろうか。
微妙に行きづらいところばかりだな。
路面に雪はなく、すっかり乾燥しているがさすが北国、風はまだ冷たい。
これまた世界遺産の毛越寺を参拝し、温泉で疲れをいやしてから再び電車に乗る。
行く先はさらにみちのく、盛岡である。
気付けばそとは雪景色である。
岩手は四国に匹敵する大きさであると言うが、天気が全然違う。
盛岡では現地に住んでいる後輩と焼肉屋で一杯やる。
締めは名物の冷麺である。
現地のうまいものと酒、これも旅の醍醐味。
翌日、一晩お世話になった後輩に別れを告げ、盛岡市内をぶらぶら。
昼前に地元で有名なラーメン屋で腹を満たし、三度電車に乗り花巻へ。
一応、過去には文学青年であった者の端くれとして、岩手に来たからには宮沢賢治であろう。
花巻駅から2時間ほど歩き、ゆかりの地を巡る。
と軽く書いたが、吹雪になったり晴れたりと、天気はめまぐるしく変わる。
歩いている人は殆ど、と言うか全くいない。
そもそも家がそれほど無いところを歩いていたと言うこともあるが、それ以前にこんな天気の日に外を出歩く大馬鹿者は自分くらいと言うことであろう。
新花巻駅まで4kmか5kmくらいは歩き、宮沢賢治記念館を見学。
最近、暇なときは宮沢賢治の短編を読んでいるので、その影響もありじっくり見て回る。
童話のような話ばかりなのだが、その独特の擬音語と動物や電信柱まで擬人化するその世界観に、この年になって新鮮味を感じるようになった。
日も暮れかけた頃に新花巻駅に行き、あとは東京行きの新幹線に乗るだけである。
一昨年だったか、夏に遠野を訪れたときにも使った。
あの時は盛夏の頃であったし、こんなことになるとは思ってもいなかった。
今回は久しぶりに行き当たりばったりの旅をした。
時間と金の無駄であると言う人もいるかも知れないが、そもそも自分の旅は時間と金を無駄にしに行くのが目的である。
果てさて、次はどこに行くか。
別に何かあったわけではなく、更新のタイミングを逃してしまっただけである。
平日は相変わらず、休日はオケの練習やら、一人旅やら、友人と飲みやら。
つまりは変わっていない。
先週、月曜日に有休を取り一人旅に行ってきた。
四連休になったのだが、前半二日は用事があったので後半二日のみの旅路となった。
写真は某SNSに上げたので、こちらには上げない。
どこに行くか、当日朝まで迷ったのだが北に行くことにした。
近場で電車で行けるところはあらかた行ったような気もするので、迷ったときには直感に頼るに限る。
新幹線に乗り着いたのは、去年世界遺産に認定された平泉。
となれば行く先は、中尊寺である。
小雪舞い散る中、山を登り金色堂へ。
参拝後は高館へ行き、眼下に広がる北上川を眺める。
まさに奥の細道に書かれているそのままの風景が目の前にある。
3年前の一人旅の時に、松島、山寺と芭蕉ゆかりの土地を巡ったのだが、またこれで一つ増えたことになる。
あとは行くポイントとしたら、象潟、最上川、本土から見る佐渡島くらいだろうか。
微妙に行きづらいところばかりだな。
路面に雪はなく、すっかり乾燥しているがさすが北国、風はまだ冷たい。
これまた世界遺産の毛越寺を参拝し、温泉で疲れをいやしてから再び電車に乗る。
行く先はさらにみちのく、盛岡である。
気付けばそとは雪景色である。
岩手は四国に匹敵する大きさであると言うが、天気が全然違う。
盛岡では現地に住んでいる後輩と焼肉屋で一杯やる。
締めは名物の冷麺である。
現地のうまいものと酒、これも旅の醍醐味。
翌日、一晩お世話になった後輩に別れを告げ、盛岡市内をぶらぶら。
昼前に地元で有名なラーメン屋で腹を満たし、三度電車に乗り花巻へ。
一応、過去には文学青年であった者の端くれとして、岩手に来たからには宮沢賢治であろう。
花巻駅から2時間ほど歩き、ゆかりの地を巡る。
と軽く書いたが、吹雪になったり晴れたりと、天気はめまぐるしく変わる。
歩いている人は殆ど、と言うか全くいない。
そもそも家がそれほど無いところを歩いていたと言うこともあるが、それ以前にこんな天気の日に外を出歩く大馬鹿者は自分くらいと言うことであろう。
新花巻駅まで4kmか5kmくらいは歩き、宮沢賢治記念館を見学。
最近、暇なときは宮沢賢治の短編を読んでいるので、その影響もありじっくり見て回る。
童話のような話ばかりなのだが、その独特の擬音語と動物や電信柱まで擬人化するその世界観に、この年になって新鮮味を感じるようになった。
日も暮れかけた頃に新花巻駅に行き、あとは東京行きの新幹線に乗るだけである。
一昨年だったか、夏に遠野を訪れたときにも使った。
あの時は盛夏の頃であったし、こんなことになるとは思ってもいなかった。
今回は久しぶりに行き当たりばったりの旅をした。
時間と金の無駄であると言う人もいるかも知れないが、そもそも自分の旅は時間と金を無駄にしに行くのが目的である。
果てさて、次はどこに行くか。
2012年03月12日
タップ
新人研修の時だっただろうか、正しい会議のやり方という話を聞いたことがあった。
曰く、会議で話す内容を主催者が予め決めておくこと、人が話しているときは話の骨を折らないこと、長くても2時間程度で納めること、会議終了後には議事録を出席者に展開し承認を得ること、等であったと思う。
とは言え、そんな理想論どおりの会議が毎度あるわけもなく。
先日あったのは、開始と同時に主催者が開口一番
「まず、これから何をやるかを決めたいと思います」
と言ったときには、逃げたくなった。
案の定、それからの2時間は、果てしない時間の浪費と、ストレスの蓄積だけで終わった。
前途多難である。
金曜日。
じょうしがあまりざんぎょうをするなというのでしごとがあったけどていじをまわっていたのでかえることにした。
土曜日は雨であった。
練習があり、楽器を運ばなければならなかったのだが、こんな雨では運べない。
と思っていたら、午後には上がった。
昼間のいつものようにローラーを転がしながら楽器を運ぶ。
周囲からの奇異の視線はいい加減慣れた。
昼過ぎの電車はやたら混んでいた。
駅もやたら混んでいた。
こんな中、楽器を運ぶというのは、褌一丁で滝に打たれているようなものである。
サイズ上、ハードケースは作れないのかも知れないが、駒の部分だけ部分的にガードするようなものがあって欲しいものである。
練習はパート練習であった。
見事な初見大会であり、多大な迷惑をかけた。
頭でっかちな演奏では非常に宜しくない。
きちんと練習も勉強もする必要があるな。
明けて日曜日である。
いつもの大学時代の悪友が飯を食おうと言うので、結局いつもの男三人でつけ麺を食べに行く。
何も気にせずに大盛の食券を買ったのだが、友人が持っていたクーポンにより無料で大盛に出来るとのことであった。
100円無駄にした。
いつも何気なしに買っている飲み物ではそこまで大きいものであると感じないのに、こういう時の100円というのはとてつもない重みを感じる。
人間、不思議なものだ。
前日の反省というわけでもないが、家にいても外にいてもずっとマーラーを流しっぱなしであった。
多分、通しで3回は聞いただろうか。
さすがに曲が分かってきた。
以前やった6番もこんな感じだったな。
曰く、会議で話す内容を主催者が予め決めておくこと、人が話しているときは話の骨を折らないこと、長くても2時間程度で納めること、会議終了後には議事録を出席者に展開し承認を得ること、等であったと思う。
とは言え、そんな理想論どおりの会議が毎度あるわけもなく。
先日あったのは、開始と同時に主催者が開口一番
「まず、これから何をやるかを決めたいと思います」
と言ったときには、逃げたくなった。
案の定、それからの2時間は、果てしない時間の浪費と、ストレスの蓄積だけで終わった。
前途多難である。
金曜日。
じょうしがあまりざんぎょうをするなというのでしごとがあったけどていじをまわっていたのでかえることにした。
土曜日は雨であった。
練習があり、楽器を運ばなければならなかったのだが、こんな雨では運べない。
と思っていたら、午後には上がった。
昼間のいつものようにローラーを転がしながら楽器を運ぶ。
周囲からの奇異の視線はいい加減慣れた。
昼過ぎの電車はやたら混んでいた。
駅もやたら混んでいた。
こんな中、楽器を運ぶというのは、褌一丁で滝に打たれているようなものである。
サイズ上、ハードケースは作れないのかも知れないが、駒の部分だけ部分的にガードするようなものがあって欲しいものである。
練習はパート練習であった。
見事な初見大会であり、多大な迷惑をかけた。
頭でっかちな演奏では非常に宜しくない。
きちんと練習も勉強もする必要があるな。
明けて日曜日である。
いつもの大学時代の悪友が飯を食おうと言うので、結局いつもの男三人でつけ麺を食べに行く。
何も気にせずに大盛の食券を買ったのだが、友人が持っていたクーポンにより無料で大盛に出来るとのことであった。
100円無駄にした。
いつも何気なしに買っている飲み物ではそこまで大きいものであると感じないのに、こういう時の100円というのはとてつもない重みを感じる。
人間、不思議なものだ。
前日の反省というわけでもないが、家にいても外にいてもずっとマーラーを流しっぱなしであった。
多分、通しで3回は聞いただろうか。
さすがに曲が分かってきた。
以前やった6番もこんな感じだったな。
2012年03月07日
春の弥生の
一週間に一度と決めているわけではないが、気がつけばそういうスパンでの更新になってしまう。
例年の傾向ならば、この辺りでは比較的仕事が落ち着くので、少しばかり有休を取得して、電話で呼び出しを食らっても丸一日はかからないと帰ってこられないような場所に現実逃避するのだが、先月の終わりに上司から面倒な仕事を命じられたために、そうも言っていられなくなった。
昔の人が言ったかどうかは知らないが、忙しいことは美徳であると、よく聞く。
その心意気や否定はしないが、有給消化率が20%を下回っているこの現状は、精神衛生上の美しさはないであろう。
週末のことを書こう。
金曜日の夜は、例によって例のごとく一人で近所の某ファミレスに行く。
いつもよりは多少早く上がれたものの、常日頃のクソ忙しさが周囲に知られ渡っているからか、飲みの誘いも全滅であったため、結局いつものルートとなった。
よく人様から言われるのだが、自分は一人で飯を食べたり、一人で旅行に行くことが好きなわけではない。
ただ単に、一緒に付き合ってくれる人がいないだけで、声を掛けてくれれば夜中の3時だろうが馳せ参じる
うん、さすがにそれは無理か。
ワインのデカンタ大と小を一つずつ飲む。
計750ml、瓶一本を一人で空けたようなものか。
そういえば大学時代の話だが、友人宅で新年のニューイヤーコンサートを見ながら、ワインを一本空けたことがある(友人はワインが飲めなかった)。
多分、それが自分のワイン痛飲歴のはじまりだったのだろう。
ちなみにワインが好きというわけではなく、ただ単に安いから飲んでいるだけである。
同じアルコールなら、麹を入れて発酵させた米ジュースの方が全然良い。
翌日は思いの外酒が残っていなかったが、布団から出るのも億劫であるので、カタツムリの生態模写に勤しんでいたら午後になっていた。
ようやく殻を脱ぎ捨てた後は、図書館で本を借り、いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読み。
その後は、いつもの大学時代の友人と飲んでカラオケに行って、気付けば日付が変わっていた。
明けて、日曜は自分の所属している団体の練習があり、朝から練習だった。
手帳を開くと、1ヶ月半先までの週末にすべて練習が入っていた。
全部が全部出席するわけではないとしても、どうしたものだろうか。
練習後に、みなでご飯を食べ帰宅。
このルートも変わらない。
家に着き、またカタツムリの生態模写を始めたら、そのまま意識が吹っ飛んだ。
気付くと夕方。
なんだか、損をしたような気もするが、これだけのんびりすることに罪悪感を覚える方が、もっと贅沢というものだろう。
とりあえず、一週間を乗り切るだけの心の洗濯が出来ただけでも良しとしよう。
今月は、どこかのタイミングで出かけたい。
18切符は難しいから近場に行くか、新幹線で距離を稼ぐか。
悩ましい。
例年の傾向ならば、この辺りでは比較的仕事が落ち着くので、少しばかり有休を取得して、電話で呼び出しを食らっても丸一日はかからないと帰ってこられないような場所に現実逃避するのだが、先月の終わりに上司から面倒な仕事を命じられたために、そうも言っていられなくなった。
昔の人が言ったかどうかは知らないが、忙しいことは美徳であると、よく聞く。
その心意気や否定はしないが、有給消化率が20%を下回っているこの現状は、精神衛生上の美しさはないであろう。
週末のことを書こう。
金曜日の夜は、例によって例のごとく一人で近所の某ファミレスに行く。
いつもよりは多少早く上がれたものの、常日頃のクソ忙しさが周囲に知られ渡っているからか、飲みの誘いも全滅であったため、結局いつものルートとなった。
よく人様から言われるのだが、自分は一人で飯を食べたり、一人で旅行に行くことが好きなわけではない。
ただ単に、一緒に付き合ってくれる人がいないだけで、声を掛けてくれれば夜中の3時だろうが馳せ参じる
うん、さすがにそれは無理か。
ワインのデカンタ大と小を一つずつ飲む。
計750ml、瓶一本を一人で空けたようなものか。
そういえば大学時代の話だが、友人宅で新年のニューイヤーコンサートを見ながら、ワインを一本空けたことがある(友人はワインが飲めなかった)。
多分、それが自分のワイン痛飲歴のはじまりだったのだろう。
ちなみにワインが好きというわけではなく、ただ単に安いから飲んでいるだけである。
同じアルコールなら、麹を入れて発酵させた米ジュースの方が全然良い。
翌日は思いの外酒が残っていなかったが、布団から出るのも億劫であるので、カタツムリの生態模写に勤しんでいたら午後になっていた。
ようやく殻を脱ぎ捨てた後は、図書館で本を借り、いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読み。
その後は、いつもの大学時代の友人と飲んでカラオケに行って、気付けば日付が変わっていた。
明けて、日曜は自分の所属している団体の練習があり、朝から練習だった。
手帳を開くと、1ヶ月半先までの週末にすべて練習が入っていた。
全部が全部出席するわけではないとしても、どうしたものだろうか。
練習後に、みなでご飯を食べ帰宅。
このルートも変わらない。
家に着き、またカタツムリの生態模写を始めたら、そのまま意識が吹っ飛んだ。
気付くと夕方。
なんだか、損をしたような気もするが、これだけのんびりすることに罪悪感を覚える方が、もっと贅沢というものだろう。
とりあえず、一週間を乗り切るだけの心の洗濯が出来ただけでも良しとしよう。
今月は、どこかのタイミングで出かけたい。
18切符は難しいから近場に行くか、新幹線で距離を稼ぐか。
悩ましい。
2012年02月27日
ふわふわしたもの
ここ2週間ほど、また仕事でトラブルがあり、慌ただしい時間を過ごしていた。
転びようによっては、休出上等の雰囲気もあり、肝を冷やしていたが、なんとか先週末には一端収束した。
もし何もなければ、現役の合宿に行く予定だったのだが、こればかりは仕方がない。
社会人でオケを続ける上での宿命のようなものだ。
金曜日は重荷からようやく開放されたこともあり、学部時代の友人と一杯やる。
最近、日本酒をまた飲むようになってきた。
この日も結局4合くらい空けただろうか。
元々、日本酒党であったが、あまりに悪酔いするからと言うことで、ここ最近はビールやらウイスキーやらを飲むことが多かったのだが、今年のクソ寒い天候によって身体が熱燗を激しく所望してしまっているから仕方がない。
まぁ、酒ならば焼酎だろうが、ワインだろうが、カクテルだろうが何でも飲むのだけれど。
土曜日は会社の同期と3時間ほどカラオケで喉を潰す。
男二人で延々と曲を入れて歌い続ける様は、あまり人様にお見せするような光景ではない。
とは言え、ここ2ヶ月ほどで仕入れた曲をあらかた練習できたので良かったとしよう。
夜は大学オケの時代のトップ飲みだった。
欠席者もいたが、こうして会うのは数年ぶりだろうか。
在学中のような雰囲気で盛り上がれるのは、今になっても変わらないもんだ。
今日は二日酔いで午前中は布団の中。
午後はオケの練習である。
曲はコンチェルトが一曲と、フランスものの組曲が一曲。
前者は休符満載で、数えるのに一苦労。
協奏曲の宿命と言えばそうなのだが、いつもにも増して休みが多い曲であったので、さらうと言うよりは、出だしのタイミングを覚えることで精一杯だったような気がする。
組曲の方は、フランスっぽさを出すのにこちらも一苦労。
ここ最近は、ドイツのかっちりした曲や、ロシアのとにかくぶっ放す曲ばかりやっていたので、あのふわふわしてとりとめのないフランスぽい感じが思い出せなくなっていた。
本番はまだ先であるが、現在進行形で3つの演奏会の曲を同時にやっているので、果てさてどうしたものか。
転びようによっては、休出上等の雰囲気もあり、肝を冷やしていたが、なんとか先週末には一端収束した。
もし何もなければ、現役の合宿に行く予定だったのだが、こればかりは仕方がない。
社会人でオケを続ける上での宿命のようなものだ。
金曜日は重荷からようやく開放されたこともあり、学部時代の友人と一杯やる。
最近、日本酒をまた飲むようになってきた。
この日も結局4合くらい空けただろうか。
元々、日本酒党であったが、あまりに悪酔いするからと言うことで、ここ最近はビールやらウイスキーやらを飲むことが多かったのだが、今年のクソ寒い天候によって身体が熱燗を激しく所望してしまっているから仕方がない。
まぁ、酒ならば焼酎だろうが、ワインだろうが、カクテルだろうが何でも飲むのだけれど。
土曜日は会社の同期と3時間ほどカラオケで喉を潰す。
男二人で延々と曲を入れて歌い続ける様は、あまり人様にお見せするような光景ではない。
とは言え、ここ2ヶ月ほどで仕入れた曲をあらかた練習できたので良かったとしよう。
夜は大学オケの時代のトップ飲みだった。
欠席者もいたが、こうして会うのは数年ぶりだろうか。
在学中のような雰囲気で盛り上がれるのは、今になっても変わらないもんだ。
今日は二日酔いで午前中は布団の中。
午後はオケの練習である。
曲はコンチェルトが一曲と、フランスものの組曲が一曲。
前者は休符満載で、数えるのに一苦労。
協奏曲の宿命と言えばそうなのだが、いつもにも増して休みが多い曲であったので、さらうと言うよりは、出だしのタイミングを覚えることで精一杯だったような気がする。
組曲の方は、フランスっぽさを出すのにこちらも一苦労。
ここ最近は、ドイツのかっちりした曲や、ロシアのとにかくぶっ放す曲ばかりやっていたので、あのふわふわしてとりとめのないフランスぽい感じが思い出せなくなっていた。
本番はまだ先であるが、現在進行形で3つの演奏会の曲を同時にやっているので、果てさてどうしたものか。
2012年02月20日
白樺の三枚肉
寒さは演奏にとって敵である。
そこに乾燥の追加攻撃が加わり被害は甚大なものとなる。
楽器の音程が狂うのはチューニングをすればまだ何とかなるが、弓の毛に松ヤニが付きにくくなるわ、手がかじかんでまともに動きやしないわ。
あげく、数時間の練習で指先の皮がぼろぼろなる。
季節の上でも、楽器の上でも、その他色々な意味でも、早いところ春が来て欲しいものである。
そんなこんなで今日は朝イチから練習であった。
が、練習会場の楽器が使えないことが分かり、一度家に自分の楽器を取りに帰るというアクシデントがある。
これにより、朝の寒さでより一層ダメージを受けたのは言うまでもない。
ともあれ、練習会場が近くて救われた。
練習後はいつもの店で一杯やりつつ、飯を食べる。
いつも頼んでいる肉肉しいカレーが無いのは残念だった。
それにしても、この練習風景というのは変わらないな。
この居心地の良さが、自分がここに居続ける理由なのかも知れない。
家に帰り、天気が良いので一人でフラフラする。
電車に乗り、適当な駅で降りてしばらく歩いた後、駅近くの喫茶店でモーツァルトとブラームスの四重奏を聴きつつ珈琲を飲みながら本を読み、暗くなったら帰路につく。
そんな、午後であった。
家では集中できない読書も、外でするとここまでページをめくる手が止まらないのは何故なのだろうか。
遡り、土曜日のことである。
昼前に起床し、実写版・孤独のグルメを見る。
相変わらず、見ているだけで腹が減るドラマだ。
午後はN響を聞きに行く。
前半は98年のチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門で優勝した、マツーエフによるチャイコンである。
まさにロシアンピアニスト、という肩書きがぴったりの雄大でスケールの大きい演奏だった。
と言うか、ピアノってあんな大きな音が出るのかよ。
2曲のアンコールも含め、ここ最近ではトップクラスに良い演奏だった。
特にアンコールの2曲目は何と即興演奏。
何か聞いたことがある旋律と思ったら、ジャズのスタンダードであるA列車で行こうが断片的に現れたり、とにかく圧巻であった。
後半のカセルラも初めて聞いたが、20世紀の音楽ながらマーラーのような雰囲気を持つ曲で、これが日本初演とは勿体ない曲だ。
2月はもう終わってしまうが、3月はどこか出掛けようと考えている。
また一人旅であるが、どこか新しいルートを開拓しないとなぁ。
その前に、一緒に行ってくれる人を探すのが先だろうか。
そこに乾燥の追加攻撃が加わり被害は甚大なものとなる。
楽器の音程が狂うのはチューニングをすればまだ何とかなるが、弓の毛に松ヤニが付きにくくなるわ、手がかじかんでまともに動きやしないわ。
あげく、数時間の練習で指先の皮がぼろぼろなる。
季節の上でも、楽器の上でも、その他色々な意味でも、早いところ春が来て欲しいものである。
そんなこんなで今日は朝イチから練習であった。
が、練習会場の楽器が使えないことが分かり、一度家に自分の楽器を取りに帰るというアクシデントがある。
これにより、朝の寒さでより一層ダメージを受けたのは言うまでもない。
ともあれ、練習会場が近くて救われた。
練習後はいつもの店で一杯やりつつ、飯を食べる。
いつも頼んでいる肉肉しいカレーが無いのは残念だった。
それにしても、この練習風景というのは変わらないな。
この居心地の良さが、自分がここに居続ける理由なのかも知れない。
家に帰り、天気が良いので一人でフラフラする。
電車に乗り、適当な駅で降りてしばらく歩いた後、駅近くの喫茶店でモーツァルトとブラームスの四重奏を聴きつつ珈琲を飲みながら本を読み、暗くなったら帰路につく。
そんな、午後であった。
家では集中できない読書も、外でするとここまでページをめくる手が止まらないのは何故なのだろうか。
遡り、土曜日のことである。
昼前に起床し、実写版・孤独のグルメを見る。
相変わらず、見ているだけで腹が減るドラマだ。
午後はN響を聞きに行く。
前半は98年のチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門で優勝した、マツーエフによるチャイコンである。
まさにロシアンピアニスト、という肩書きがぴったりの雄大でスケールの大きい演奏だった。
と言うか、ピアノってあんな大きな音が出るのかよ。
2曲のアンコールも含め、ここ最近ではトップクラスに良い演奏だった。
特にアンコールの2曲目は何と即興演奏。
何か聞いたことがある旋律と思ったら、ジャズのスタンダードであるA列車で行こうが断片的に現れたり、とにかく圧巻であった。
後半のカセルラも初めて聞いたが、20世紀の音楽ながらマーラーのような雰囲気を持つ曲で、これが日本初演とは勿体ない曲だ。
2月はもう終わってしまうが、3月はどこか出掛けようと考えている。
また一人旅であるが、どこか新しいルートを開拓しないとなぁ。
その前に、一緒に行ってくれる人を探すのが先だろうか。
2012年02月13日
Veni
月末でも給料日後でもないのだが、また飲み会が連続した。
木曜日は、就業後に知り合いに誘われ一杯やる。
まぁ、これは別に今に始まったことではないので構わない。
金曜日は、後輩の演奏会を聞きに行く。
就業後に駆けつけたので、開演時間には着けなかったが、何とか間に合った。
メインはサン=サーンスのオルガンである。
ついこの間弾いたばかりの曲であるが、よくよく考えると生で聞くのはこれが二度目である。
ちなみに演奏は既に三回やっているので、あれだけの大曲だというのに、聞いた回数よりも弾いた回数の方が多いという、よく分からない状況になっている。
アンコールの威風堂々も含め、良い演奏だった。
そう言えば、出演していた後輩の一人と出会ったのは、二年前の同じような企画の演奏会だったな。
終演後、聞きに来ていたパートの後輩と飲みに行く。
色々連れ回して、同期の某コンマスと落ち合ったりしていたら終電がなくなる。
後輩とコンマスをタクシーで送り、自分も帰ろうとするがタクシーで家に帰るには所持金が心許なかったので、近くの大きな駅まで行ってもらい、駅前のファミレスで始発を待つことにした。
幸いにして、未読の本があったのでそれを読み始めるが、アルコールを入れた頭で夜中の3時に読書はきつい。
BGMをモーツァルトからR.シュトラウスに変え、親の仇のような気持ちで本に向かった。
無事に読了後、再びモーツァルトに変えて、やすらかな眠りについた。
閉店時間に店員に起こされる。
24時間営業じゃないのかよ。
とは言え、始発が出る直前に起こしてくれたので、むしろありがたかった。
結局、家に着いたのは6時前である。
土曜日は、午前中は言うまでもなく撃沈。
午後も外は寒いので、家に引き籠もっていた。
夜は大学オケのパートの連中で飲み会だった。
こちらも気付けば0時くらいに帰宅。
さすがに、財布の中身がヤバイ。
今日は良い天気だというのに、昼まで家で溜まっていたビデオの消化に励む。
昼飯前に孤独のグルメのドラマを見るのは失敗だ。
無性にトンカツが食べたいのに、口に入れたのは焼そばであった。
それからN響を聞きに行く。
フランスの指揮者、ド・ビリーによる、シューベルトのグレートである。
以前、コンバスの先輩から、良い指揮者であるとの評判を聞いていたが、かなり良い演奏であった。
やもすれば歌を重視するあまり、重々しくなりがちのグレートを、軽快なテンポで推し進めながら、シューベルト独特の歌心が失われていない。
自分の中にある、この曲のイメージが全然変わってしまうほどの印象であった。
さて、また長い一週間が始まるな。
木曜日は、就業後に知り合いに誘われ一杯やる。
まぁ、これは別に今に始まったことではないので構わない。
金曜日は、後輩の演奏会を聞きに行く。
就業後に駆けつけたので、開演時間には着けなかったが、何とか間に合った。
メインはサン=サーンスのオルガンである。
ついこの間弾いたばかりの曲であるが、よくよく考えると生で聞くのはこれが二度目である。
ちなみに演奏は既に三回やっているので、あれだけの大曲だというのに、聞いた回数よりも弾いた回数の方が多いという、よく分からない状況になっている。
アンコールの威風堂々も含め、良い演奏だった。
そう言えば、出演していた後輩の一人と出会ったのは、二年前の同じような企画の演奏会だったな。
終演後、聞きに来ていたパートの後輩と飲みに行く。
色々連れ回して、同期の某コンマスと落ち合ったりしていたら終電がなくなる。
後輩とコンマスをタクシーで送り、自分も帰ろうとするがタクシーで家に帰るには所持金が心許なかったので、近くの大きな駅まで行ってもらい、駅前のファミレスで始発を待つことにした。
幸いにして、未読の本があったのでそれを読み始めるが、アルコールを入れた頭で夜中の3時に読書はきつい。
BGMをモーツァルトからR.シュトラウスに変え、親の仇のような気持ちで本に向かった。
無事に読了後、再びモーツァルトに変えて、やすらかな眠りについた。
閉店時間に店員に起こされる。
24時間営業じゃないのかよ。
とは言え、始発が出る直前に起こしてくれたので、むしろありがたかった。
結局、家に着いたのは6時前である。
土曜日は、午前中は言うまでもなく撃沈。
午後も外は寒いので、家に引き籠もっていた。
夜は大学オケのパートの連中で飲み会だった。
こちらも気付けば0時くらいに帰宅。
さすがに、財布の中身がヤバイ。
今日は良い天気だというのに、昼まで家で溜まっていたビデオの消化に励む。
昼飯前に孤独のグルメのドラマを見るのは失敗だ。
無性にトンカツが食べたいのに、口に入れたのは焼そばであった。
それからN響を聞きに行く。
フランスの指揮者、ド・ビリーによる、シューベルトのグレートである。
以前、コンバスの先輩から、良い指揮者であるとの評判を聞いていたが、かなり良い演奏であった。
やもすれば歌を重視するあまり、重々しくなりがちのグレートを、軽快なテンポで推し進めながら、シューベルト独特の歌心が失われていない。
自分の中にある、この曲のイメージが全然変わってしまうほどの印象であった。
さて、また長い一週間が始まるな。


